プロ野球

【楽天】2013年優勝メンバーとその軌跡を振り返る!

東北楽天ゴールデンイーグルスが宮城県仙台市を本拠地として球団を設立してから9年目の2013年11月3日。雨の降るKスタ宮城(現;楽天生命パーク宮城)でプロ野球史に新たな1ページが記録された。

後世まで語り継がれる日本シリーズ。

 

東北楽天ゴールデンイーグル誕生!

2004年。

近鉄バファローズとオリックスブルーウェーブとの合併に端を発し、パシフィックリーグが5チーム制になるのではないかと様々な議論が交わされましたが、選手会の強い要望を受け6チーム制が確保されることとなった。

その後、ライブドアと楽天の2社が新規参入に名乗りを上げ、ライブドアの堀江社長は宮城県仙台市を本拠地とするプロ野球チーム「仙台ライブドアフェニックス」を作ることを宣言し、プロ野球チームを持たない東北の人々は新規参入に大きな期待を寄せていました。

当初は大阪を本拠地とする案を出していた楽天も仙台を本拠地とすると宣言。仙台を含めた東北の地域の人たちにとってプロ野球チーム設立の期待が一気に膨れ上がりました。その後の日本プロ野球機構による審査の結果、楽天の新規参入が決定しました。

過去には仙台の球団が日本一!?

歴史を遡ること1973年~1977年までの5シーズンの間、暫定的に仙台を本拠地としていたチームがありました。

ロッテオリオンズ(現;千葉ロッテマリーンズ)です。

ただし、5年後には川崎市に本拠地を移しています。

実はこの間、ロッテオリオンズはリーグ優勝を果たしています。しかし、宮城球場の収容人数の問題などから仙台では日本シリーズは開催されず、中日との日本シリーズは後楽園球場で行われました。

結果は4勝2敗でロッテが日本一になったものの、仙台では優勝パレードどころか祝勝会なども一切実施されませんでした。

 

交通機関の問題や球場設備などの問題がその理由であったため、当時の東北の人々は仕方ないという見方をする人も多かったようです。

しかし、パレードや祝勝行事なども仙台では行われなかったことから、

「パレードくらいはやってくれても良かったのでは?」

という意見も多く、シーズンを通して応援し続けた本拠地のチームが日本一になったのにも関わらず、パレードも祝勝行事も行われないということについては多くの人々にショックを与えていたことでしょう。

 

そんな東北の地に1992年、地方球場では初めてプロ野球オールスターゲームが宮城県仙台市の県営宮城球場(現;楽天生命パーク宮城)で開催されました。今でこそ各地方都市で開催されるようになったオールスターゲームの地方球場第1回目の開催は仙台市だったのです。

 

オールスターゲームの開催は、「次にプロ野球チームが出来るなら仙台だ!」と当時の野球少年たちは根拠のない盛り上がりを見せていました。

それから時は経ち干支が一回り。当時の子供たちも成人となった2004年。

東北の地に念願の「おらがチーム」となる東北楽天ゴールデンイーグルスが誕生したのです。

初優勝に向けて

1年目のシーズンが始まる前に行われた2004年のドラフト会議。

東北楽天ゴールデンイーグルスとして初のドラフト会議で7巡目に指名を受けた選手が、後に東北楽天ゴールデンイーグルスの監督になる平石洋介選手でした。

 

2005年よりパシフィックリーグで1年目をスタートさせたチームは、3月26日の千葉マリーンスタジアムで行われた初の公式戦(千葉ロッテマリーンズ戦)で見事に勝利し幸先よいスタートを切ったのも束の間、翌日の27日には0-26の大敗を喫しています。投手陣は24安打され与四死球は14、打撃陣も1安打1四球で完璧に抑えられました。

終わってみれば、東北楽天ゴールデンイーグルスの1年目のシーズンは38勝97敗1分。首位の福岡ソフトバンクホークスとは51.5ゲーム差、5位の北海道日本ハムファイターズにも25ゲーム差をつけられての断トツの最下位という結果でした。

 

2年目以降の成績は以下の通り。

2006年 47勝85敗4分【最下位】
2007年 67勝75敗2分【4位】
2008年 65勝76敗3分【5位】
2009年 77勝66敗1分【2位】
2010年 62勝79敗3分【最下位】
2011年 66勝71敗7分【5位】
2012年 67勝67敗10分【4位】

球団設立後、ドラフトなどで着々とチーム力の強化を図った結果、2009年には球団初のCS進出。東北のファンにとって念願の初優勝が現実に思えた2010年。

監督が代わったチームは開幕から4連敗するなど結果を残せず最下位。2011年には東日本大震災の被害を受けた東北の方々を勇気付けようと「がんばろう!東北!」を合言葉に戦うも2012年のシーズンとともにAクラスに上がることも出来ませんでした。

この2年間は「このまま野球を続けて良いのか?」と選手たちは自問自答しながら、また、自らも被災者であったため野球に集中することが出来ていなかったと後に語っています。

東北楽天ゴールデンイーグルス、リーグ優勝!

2013年の優勝時を語る前に、それまでのドラフト会議を振り返っていきましょう。

優勝時の主力メンバーのみピックアップします。

2005年 青山浩二投手
2006年 田中将大投手、嶋基宏捕手
2007年 聖澤諒外野手
2010年 美馬学投手
2011年 岡島豪郎外野手(捕手)、島内宏明外野手
2012年 則本昂大投手

特に2006年のドラフトは、甲子園で大活躍し、後にチームの大エースに成長する田中将大と、後の選手会長でもあり正捕手の嶋基宏の加入がありました。つまり、優勝バッテリーが同期入団だったということです。

余談ではありますが、優勝を果たした2013年のドラフト1巡目は、現在の抑えの切り札、松井裕樹投手でした。東北楽天ゴールデンイーグルスは、12球団の中でもドラフト戦略が得意なチームかもしれません。

 

それでは、2013年を振り返っていきましょう。

 

この年はWBCが開催された影響で開幕投手は田中ではなく新人の則本が選ばれ、2013年の東北楽天ゴールデンイーグルスの9年目のシーズンが開幕しています。

その開幕戦を落とした楽天は、4月末終了時点で11勝14敗のリーグ5位。

しかし、ここから快進撃が始まります。

5月は16勝7敗とし5月末の時点で27勝21敗となりリーグ2位まで浮上。6月も2位をキープし、7月4日の首位千葉ロッテマリーンズ戦で勝利した楽天は首位に肩を並べました。7月は14勝6敗1分とし首位を堅持。8月に5連敗するなど一時は2位の千葉ロッテマリーンズにゲーム差を縮められたものの8月28日には球団史上初のマジック(28)が点灯。

なお、2013年シーズンの5月~9月までの5ヶ月連続で月間MVPを獲得したのが、楽天のエース田中将大投手。1シーズンに5度の受賞は初めてのことで、5ヶ月連続ももちろん初めての出来事となりました。

 

そして迎えた9月26日の埼玉西武ライオンズ戦。

マジック2としていた楽天の星野仙一監督は、普段は先発投手の田中投手をベンチに入れ、シーズン24勝0敗という驚異的な成績を残した大エースを胴上げ投手にしようとしていました。

 

マジック対象の千葉ロッテマリーンズが北海道日本ハムファイターズに敗れたため、この試合に勝てば優勝決定となる1点差の9回裏、球場内に選手交代のアナウンスされ投手田中が告げられました。田中は先頭から二人を出塁させ犠打で送られた後、1アウト2・3塁のピンチを抱えてしまいます。

ここからエンジン全開の田中は、続く2人を連続三振で抑え、見事胴上げ投手となりました。

東北楽天ゴールデンイーグルス、リーグ初優勝!

引用:公式ホームページ

と、ここでまた余談ですが、埼玉西武ライオンズの最終打者、つまり東北楽天ゴールデンイーグルスの優勝の瞬間に三振に抑えられた打者こそ、現在は東北楽天ゴールデンイーグルスでプレーする浅村選手だったことは何かの縁を感じられずにはいられません。

 

2013年シーズンのチーム成績は以下の通り。

82勝59敗3分

2位埼玉西武ライオンズとのゲーム差、7.5。

リーグ優勝を果たした後、CSでも第1ラウンドを勝ち上がった千葉ロッテマリーンズを相手に勝利し、球団初となる日本シリーズ進出を決めました。

なお、日本シリーズ進出を決める最後の9回のマウンドに立っていたのは、やはり田中将大でした。

歴史的日本シリーズ

一方のセントラルリーグを制したのは読売ジャイアンツ。

読売ジャイアンツは前年も日本一になっており、2年連続での日本一を目指していました。

 

この日本シリーズが行われたのはKスタ宮城(現;楽天生命パーク宮城)と東京ドーム。

そうです、1974年に暫定的に本拠地としながら日本シリーズが行われることがなかった東北・宮城の地で39年もの月日を経て開催されました。東北そして宮城県の人々にとっては待ちに待った地元での日本シリーズでした。

 

日本シリーズ第6戦までの結果は以下の通り。

【第1戦】読売1勝

10月26日(土)

Kスタ宮城 ◇開始 18:35 (3時間20分) ◇入場者 25,209

勝投手 内海 ( 1勝0敗 )

敗投手 則本 ( 0勝1敗 )

セーブ 西村 ( 1セ )

本塁打 [巨] 村田 1号(8回1点則本)

【第2戦】読売1勝 東北楽天1勝

10月27日(日)

Kスタ宮城 ◇開始 18:33 (3時間16分) ◇入場者 25,219

勝投手 田中 ( 1勝0敗 )

敗投手 菅野 ( 0勝1敗 )

本塁打 [巨] 寺内 1号(8回1点田中)

【第3戦】読売1勝 東北楽天2勝

10月29日(火)

東京ドーム ◇開始 18:18 (3時間26分) ◇入場者 44,940

勝投手 美馬 ( 1勝0敗 )

敗投手 杉内 ( 0勝1敗 )

本塁打 [巨] 矢野 1号(8回1点レイ)

【第4戦】読売2勝 東北楽天2勝

10月30日(水)

東京ドーム ◇開始 18:18 (4時間7分) ◇入場者 44,968

勝投手 マシソン ( 1勝0敗 )

敗投手 長谷部 ( 0勝1敗 )

セーブ 山口 ( 1セ )

本塁打 [楽] ジョーンズ 1号(1回3点ホールトン)

【第5戦】読売2勝 東北楽天3勝

10月31日(木)

東京ドーム ◇開始 18:17 (3時間49分) ◇入場者 44,995

(延長10回)

勝投手 則本 ( 1勝1敗 )

敗投手 西村 ( 0勝1敗 )

本塁打 [巨] 村田 2号(7回1点則本)

【第6戦】読売3勝 東北楽天3勝

11月2日(土)

Kスタ宮城 ◇開始 18:35 (3時間16分) ◇入場者 25,271

勝投手 菅野 ( 1勝1敗 )

敗投手 田中 ( 1勝1敗 )

セーブ マシソン ( 1セ )

本塁打 [巨] ロペス 1号(5回2点田中)

第6戦で先発した田中投手は、24勝0敗1セーブという驚異的な成績でレギュラーシーズンを終えただけでなく、CSシリーズならびに日本シリーズ第2戦目でも勝ち星を挙げていました。第6戦で田中の先発が予告された時、この試合で東北楽天が初優勝することを多くの野球ファンは予想していました。

 

この試合、7回で120球を超えた田中に対し投手交代を打診した星野監督に対し、田中は続投を志願。結局、9回までを1人で投げ抜いたものの逆転することは出来ずに敗戦投手となってしまいました。田中の球数は160球となっていました。

生前の星野監督の熱い気持ちと笑いを届けるトークに聞き入ってしまいますが、星野監督でさえ第6戦で田中が負けるとは思っていなかったようです。「ジャイアンツに負けたくない!」という強い気持ちが選手に届き、第7戦の結果を呼んだのでしょうね。

 

迎えた第7戦。

8回を終えて3-0で東北楽天が3点のリード。

ここで今でも語り継がれる場面が訪れます。

「あとひとつ」の大合唱。

大型ビジョンには歌詞が表示され、球場にいた誰もが声を張り上げ、多くのファンが涙を流しながら一体となってこの歌を歌っていました。

 

球団創設から9年目、東北楽天ゴールデンイーグルス初優勝!

星野監督も選手・監督を通して初の日本一!!

【第7戦】

11月3日(日)

Kスタ宮城 ◇開始 18:35 (3時間15分) ◇入場者 25,249

勝投手 美馬 ( 2勝0敗 )

敗投手 杉内 ( 0勝2敗 )

セーブ 田中 ( 1セ )

本塁打 [楽] 牧田 1号(4回1点澤村)

プロ野球チームのなかった東北の地、39年前には日本シリーズもパレードも祝勝行事も開催されず、2011年3月11日に見舞われた大地震での傷も癒えない中での東北楽天、球史に残る初優勝日本一。

被災者のみならず多くの国民が、この場面この優勝にどれだけの勇気と元気を与えられたことでしょう。

 

そして、東北・宮城の地で21万人ものファンに祝福されながら、念願の優勝パレードが開催されたのです。

楽天優勝のまとめ!

楽天優勝のまとめ!
  • 東北で初めての日本シリーズ開催
  • 田中将大投手、レギュラーシーズン24勝0敗
  • 星野仙一監督にとっても初の日本一
  • 「あとひとつ」大合唱
  • 球団創設9年目での初の日本一

 

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