2020年、秋山翔吾、筒香嘉智、山口俊の3人が新たにメジャーリーグに挑戦しました。
このうち、秋山は外野手、筒香は外野手兼内野手、山口は投手です。
このように、今までメジャーリーグに挑戦した日本人選手は、城島健司を除く全員が投手、内野手あるいは外野手となっています。
今回の記事では、メジャーリーグにおける唯一に日本人捕手、城島のメジャーリーグでの成績や活躍について解説します。
城島健司メジャーでの活躍
城島は1994年のドラフトで福岡ダイエーホークスに入団し、2003年にはMVPを受賞するなど、日本球界を代表する捕手として活躍していました。
そんな城島は、2005年のオフシーズンにFA権を行使し、をシアトル・マリナーズと3年1650万ドルの契約を結びました。
その後、城島は開幕戦で「7番・捕手」とデビューを果たし、メジャーリーグ初の日本人捕手となっただけでなく、第2打席では本塁打を放ちました。
この年の9月17日には17本目の本塁打を放ち、松井秀喜の1年目の本塁打数(16本)を上回りました。
城島は9月25日にも本塁打を放っており、城島がこの年に記録した18本塁打は、2018年に大谷翔平に抜かれるまで、1年目の日本人選手による最多本塁打記録となっていました。
なお、このような活躍により、城島は新人王投票にて4位に食い込んでいます。
2007年、城島は引き続き正捕手としてプレーし、打率.287、14本塁打というまずまずの成績を残しただけでなく、メジャーリーグでトップとなる盗塁阻止率.465を記録しました。
以上のような活躍が認められ、2008年の4月25日には3年2400万ドルでマリナーズとの契約を延長しています。
しかし、城島はこの年、前半戦に打率.213、OPS.549という不振に陥ったため、出場機会を失い始めてしまいます。
その後、城島はやや復調し、他の捕手が故障したことから出場機会も増えましたが、最終的に打率.227、OPS.609という成績でシーズンを終えました。
それでも、城島は2009年のシーズンを正捕手として迎えましたが、左太股裏の肉離れや左足親指の骨折などの故障に悩まされ、故障者リストに2回入ってしまいます。
その結果、新人の捕手であるロブ・ジョンソンが台頭したため、城島の出場機会が減ってしまいました。
最終的に、城島は打率.247、OPS.702という成績を残しましたが、71試合の出場にとどまってしまいました。
その後、城島はマリナーズとの残り2年の契約を破棄し、日本球界に復帰することを発表します。
そして、2度の交渉の結果、城島は阪神タイガースと4年契約を結び、日本球界に復帰しました。
城島健司のプレースタイル
城島の最大の武器は盗塁阻止能力でした。
先ほど触れたように、城島は2007年にメジャーリーグトップとなる盗塁阻止率.465を記録していますが、他の年にも.300以上の盗塁阻止率を記録しており、71試合の出場に終わった2009年には.537を残しています。
しかし、その一方でキャッチングは平凡であり、特にフレーミング(ストライクゾーンぎりぎりの投球をストライクと判定させる技術)には難があったようです。
城島健司の年度別成績
年度 | チーム | 試合 | 安打 | 本塁打 | 打点 | 四球 | 打率 | OPS |
1995 | ダイエー | 12 | 2 | 0 | 1 | 1 | .167 | .397 |
1996 | ダイエー | 17 | 14 | 4 | 9 | 3 | .241 | .773 |
1997 | ダイエー | 120 | 133 | 15 | 68 | 22 | .308 | .820 |
1998 | ダイエー | 122 | 99 | 16 | 58 | 27 | .251 | .729 |
1999 | ダイエー | 135 | 151 | 17 | 77 | 31 | .306 | .837 |
2000 | ダイエー | 84 | 94 | 9 | 50 | 27 | .310 | .862 |
2001 | ダイエー | 140 | 138 | 31 | 95 | 31 | .258 | .772 |
2002 | ダイエー | 115 | 122 | 25 | 74 | 30 | .293 | .865 |
2003 | ダイエー | 140 | 182 | 34 | 119 | 53 | .330 | .993 |
2004 | ダイエー | 116 | 144 | 36 | 91 | 49 | .338 | 1.087 |
2005 | ソフトバンク | 116 | 127 | 24 | 57 | 33 | .309 | .938 |
2006 | SEA | 144 | 147 | 18 | 76 | 20 | .291 | .783 |
2007 | SEA | 135 | 139 | 14 | 61 | 15 | .287 | .755 |
2008 | SEA | 112 | 86 | 7 | 39 | 19 | .227 | .609 |
2009 | SEA | 71 | 59 | 9 | 22 | 12 | .247 | .702 |
2010 | 阪神 | 144 | 168 | 28 | 91 | 27 | .303 | .859 |
2011 | 阪神 | 38 | 25 | 5 | 13 | 8 | .189 | .569 |
2012 | 阪神 | 24 | 7 | 0 | 5 | 2 | .179 | .419 |
NPB | 14年 | 1323 | 1406 | 244 | 808 | 344 | .296 | .863 |
MLB | 4年 | 462 | 431 | 48 | 198 | 66 | .268 | .721 |
- SEA:シアトル・マリナーズ
各年度の太字はリーグ最高
城島にまつわるエピソード
① 城島とイチロー
城島がマリナーズに所属していた4年間、イチローもマリナーズに所属していました。
城島が捕手、イチローが右翼手として出場した試合も多く、イチローの送球を城島が捕るということもありました。
その後、城島は2009年にマリナーズを退団し、2012年には現役を引退しましたが、2019年にイチローが現役を引退した際、城島は「一緒にプレーした、あの4年間は本当に貴重な時間でした」と発言しています。
② マリナーズと日本人選手
城島やイチローなど、今までに11人の日本人選手がマリナーズでプレーしてきました。
これは、マリナーズの運営に任天堂が関わっていたからだけでなく、マリナーズの本拠地であるシアトルはアメリカの北西部にあり、日本から比較的近いためだといえます。
下の表は、マリナーズでプレーした日本人選手の一覧です。
選手 | 在籍期間 |
マック鈴木 | 1996、1998-1999 |
佐々木主浩 | 2000-2003 |
イチロー | 2001-2012、2018-2019 |
長谷川滋利 | 2002-2005 |
木田優夫 | 2004-2005 |
城島健司 | 2006-2009 |
岩隈久志 | 2012-2017 |
川崎宗則 | 2012 |
青木宣親 | 2016 |
菊池雄星 | 2019- |
平野佳寿 | 2020- |
最も多くの日本人選手が在籍したのはニューヨーク・メッツ(13人)ですが、マリナーズの11人は、イチローに限らず、メジャーリーグで輝かしい実績を残しています。
例えば、佐々木は2000年に新人として37セーブを挙げ新人王を受賞しただけでなく、2001年と2002年にはオールスターゲームに選出されました。
また、佐々木のあとにマリナーズのクローザーを務めた長谷川は、2003年にオールスターゲームに選出されています。
さらに、好投手として活躍した岩隈は2015年にノーヒットノーランを達成しており、通算63勝はマリナーズ史上7位の記録となっています。
2020年現在も、菊池と平野の2人がマリナーズに在籍しており、今後の活躍に期待です。
まとめ
- 城島は2006年にマリナーズに入団し、以後4年間にわたりマリナーズでプレーした。
- 1年目には、当時の1年目の日本人選手による本塁打数の記録(18本)を樹立し、新人王投票では4位に入った。
- メジャーリーグでも盗塁阻止能力を発揮し、2007年にはメジャーリーグで1位となる盗塁阻止率.465を記録している。